2013/09/06

遠 き 国 や

J.V.マーティンという人が作詞、作曲をした「遠き国や」と歌い始める讃美歌があります。マーティンは、英語教師として日本に滞在中であった1923年9月1日、東京で関東大震災に巻き込まれました。しかし九死に一生を得、多くの被災者が明治学院の運動場で夜を迎えていると聞き、そこを訪ねます。すると、人々に支給されて点火されたロウソクの火が、ちょうど暗闇の中で十字架のように見えました。そこでマーティンはすぐにペンを執り、この詞を一気に書き上げたのです。

「遠き国や海の果て/いずこにすむ民も見よ/なぐさめもてかわらざる/主の十字架は輝けり/なぐさめもてながために/なぐさめもてわがために/揺れ動く地に立ちて/なお十字架は輝けり」(日本福音連盟発行『聖歌』397番1節)。

マーティンは大阪に移った後、この詞(全三節)に曲をつけました。こうして今から90年前、一つの讃美歌が日本で生まれたのです。それ以来、日本中のキリスト者、特に最近では阪神・淡路、能登半島、そして東日本の幾人ものキリスト者たちが、この讃美歌を愛唱しています。それはきっと、「どんなに激しく大地が揺れ動いても、愛する者を失った悲しみに遭っても、救いの保証である十字架が揺れ動くことはない。キリストが救い主でいらっしゃることに変わりは無い」、そういう堅い確信を歌い上げているからでしょう。

「なお十字架は輝けり」、この歌詞に応えるようにして、教会は今日も会堂の一番高い所に十字架を掲げています。それは行き交う人々に問い掛けるためでもあります、「あなたの救いは何ですか? 揺るぎない慰めとは何ですか?」と。

私たちの人生には思いがけない出来事が起こります。そして悲しみ、涙します。けれども、そのただ中で、揺るぎない慰め、確かな救いに与っていれば、ひとは平安でいられるのです。「自分にもそんな慰めが必要だ」と思われた方はぜひ、新しい扉(自動ドア)から教会堂にお入りください。十字架のイエス=キリストが復活され、慰めを差し出そうと、今日もあなたをお待ちです。